高校中退・中卒からの通信制大学挑戦日記-Eurekaweb

もがき続ける中年女性。金なし、コネなし、志あり。将来は落語でいうとなんでも知ってる江戸のご隠居さんを目指しています。

攻撃的な人たちとつきあうのはもうやめようと思う

私の周りには少し気が強い女性が多かった。というのも私自身がとても気が弱く、思ったことを言えなくて、物事をはっきり言える女性に憧れていたと言うことがある。

彼女たちはいつも自信満々で、自分がいかに優れているかをプレゼンテーションするのが上手で、いつもキラキラしているように見えた。中にはすごくのんびりした喋り方で、穏やかそうに見える子もいたけれど、仕事となると相手を追い詰めるような口調で、言い訳を決して許さない位の激しい人もいた。きっと私もそういう女性になりたいと思っていたんだろう。

彼女たちと仕事をしたり、飲みに行ったりすることがとても刺激的で、親友のような付き合いをすることもしばしばあった。けれどもそういう人たちは総じて私の都合はあまり考える事はなく、距離感を詰めてくるのであった。というか私がやはりはっきり物事を言えないせいで、いつでも彼女たちを受け入れるような素振りをしていたからだろう。

けれども私は実のところ、ものすごくめんどくさがりで、はっきりものを言えないというか、議論をするの自体がめんどくさくなってしまうので、いいんじゃないと彼女たちの主張を受け入れていたので、彼女たちもまた、何でも聞いてくれる私と過ごすことを好んだのだと思う。

今年になってから勉強始めたり、目的を持って歩み始めることにより、1人で過ごす時間が増えた。自分を見つめ直すうちに、出た結論が攻撃的な人とは付き合うのやめようと言うことであった。事実、彼女たちとお酒を飲んでも、調子に乗って酩酊する事はあったけれども、決して翌日にあー楽しかったなんて思う事は1度たりともないのだ。もう二度と会わなくてもいいかな、なんて思ったりするのにやっぱり優柔不断で誘われると断れなかったり。

本当に仲の良い友達たちとはだいぶつきあいは少なくなってきた。お互いの家庭の事情等もあって1年に1度会えるか会えないかくらいだ。それでも彼女たちと過ごす時間はかけがえのない楽しい時間だ。近況を語り合って、それぞれ違う生き方をしていても、よしまた頑張ろう!と元気をもらえる人たちだ。それは距離感ができたことによって、良い面しか見えなくなったんじゃないの?と思うこともあるけれども、やはりそうではなくて、昔からずっと居心地の良い友達である。お互いをディスることもなく、ちゃんと自分たちの考えていることを前向きに伝え合える。そんな友達たちだ。

攻撃的な人たちと付き合った事でよかったことといえば、会社でとんでもない人に出会っても、スルーできるスキルがついたことのような気がする。でも将来を考えると、あって無駄ではないけどあまり使う場がないことが望まれるスキルだ。

 

何かとストレスのある社会の中で、1番大切なのは心の平穏ではないのかな。気分が穏やかでいれば、仕事も何でもうまくいくんじゃないだろうか。刺激は良い刺激しかいらない。メリハリがあるっていうのは刺激があるってこと違うのかもしれない。SNSでつながっていなくても何の不自由もない。目的以外のことにとらわれている時間はない。